2009年04月07日

辛さ、悲しさを潜在意識で変える(2)

一昨日ほど前、「私たちの考え、行動は私たちの意識には出てこない潜在意識によって殆どの部分がコントロールされていると考えていいみたいです」という話をしました。今日はそのつづきを書きたいと思います。

まず潜在意識で辛さ、悲しさなどの意識のベースを変えるのに下記の寝る時の心得を書きました。

寝る時の心得 (心のトレーニングから抜粋)
1)
「腹が立つこと」『悲しいこと『辛いこと』『心配なこと』など消極的な言葉で作られる概念は決して寝床に持ち込まない。考えれば考えるほど『楽しくなること』を思い浮かべて寝る事。
2)
寝る前に鏡の前で自分の顔に向かって、自分のなりたい状態を命令的な言葉で話す。たとえば『お前はもっと元気になる!』『お前はもっと信念が強くなる!』『お前はどんな状況でも笑って生きるようになる!』などと発声する。
・ 真剣に命令すること。
・ つぶやきくらいの声でよい。
・ 一回だけ命令すること。(2度3度と繰り返さない)
・ 命令事項は一つだけにすること。
・ 命令したことが現実化するまで命令を変えてはいけない。
・ 寝る直前にするのが効果的。

そして起きる時は次のことを実行してください。

目覚めの心得
前夜命令したことをすでに具体化された状態で断定した言葉で表現する。たとえば『お前はもっと元気になる』と命令したら、それを『今日私はもっと元気になった!』と自分に聞こえるように言う。
・ 目覚めた直後に言うこと。
・ 鏡を見ても見なくても良い。
・ 一日中回数を多く言うほうが良い。

これは何をしているかというと、自分が思い描く穏やかで幸せな状態を自分の潜在意識に刷り込むために、正しい言葉で自己暗示をかけるのです。一旦自分の幸せな状態が潜在意識に刷り込まれると、われわれが元々持っている「大いなる力」が発揮され思い描いた状態が実現していきます。

私達の潜在能力には計り知れないものがあります。それを自由に使えるようになると、今はどのような状態であっても素晴らしい道が開けていきます。その計り知れない人間の大いなる力を引き出すのが自分の潜在意識なのですね。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 21:27| Comment(2) | 人生を楽に過ごす方法

2009年04月06日

驚くべき人間の力

私たち人間には驚くべき力が既に備わっています。ただ、それを出す方法を知らないだけなのです。チベットのラマ僧の修行や、ヒマラヤに近いインドの修行者の中には、「こんなことが人間にできるのか!」と驚かされることがあります。

例えばチベット僧の修行は、厳寒のヒマラヤで毛布一枚を渡され外で坐禅の修行をします。普通であればすぐに凍死するのですが、僧が坐禅をしている周りの雪がだんだん溶けていき、一日経つと僧侶は雪の竪穴の中で坐禅をしているようになります。

これは本当の話で、人間が一途に修行をすると常識では考えられないことができるようになるみたいです。でもこれは超能力みたいなものではなく、誰でもちゃんと修行をすればそのような力を出すことができます。だから、私達は元々持っている能力を十分発揮していないのですね。

私はヒマラヤで坐禅をした事はありませんが、山の上に住んでいるので冬の間は氷点下の中で毎日坐禅をします。修行中は暖房を一切使いません。ある程度坐禅修行をすると不思議なことが起こり始めます。氷点下の中で坐禅をしていても寒さを感じなくなっていきます。そして手の平が薄っすらと汗ばむようになるのですよ。だから、ヒマラヤで修行している僧侶が、毛布一枚で周りの雪を溶かしながら坐禅をすることは十分ありえることです。

臨済禅の中興の祖である白隠和尚は、若い頃神経症と肺結核にかかり死にそうになっています。その時白幽老人という半分仙人みたいな生活をしていた人に「内観の法」という心身を整える方法を教えてもらい命拾いしています。これには多くの文献が残っており、現代の医療機関でもその効果が検証され確認されていますから、本当にあった話です。

詳しい説明は省きますが、この白幽老人は比叡山の洞穴の中で生活し、少ない木の実や渓流の水を飲んで生活していました。この人は元々は徳川家に仕えていた武士です。何日も食べられないことも続いたみたいですが、別に飢える事もなく病気一つしなかったそうです。

この話も私は納得できます。禅の修行の間は食事は一汁一菜で、普段家で食べている食事よりカロリーは確実に低いです。坐禅に集中してくると食事を抜くこともあります。でもそんなに腹が減るという事はありません。また、坐禅だけではなく外での作務の作業や老師の用事などで身体は一日が終わると結構へとへとになります。このような日々が一週間続くのです。しかし、家に帰って体重を量ってみると全然減っていません。増えていることもあります。私は未だにこの事を不思議に思います。

特に好んで餓えようとは思いませんが、心を静かに落ち着け、雑念が少なくなると元々私たちの身体に眠っている大いなる力が出てくるみたいです。「仙人は霞を食べて生きている」と言われますが、まんざら嘘ではないと思いますね。

普段私達は日常の生活の中で心を右往左往させながら雑念にまみれて生活しています。だからこのような大いなる力が出てくる余地がないのですが、禅のような心と身体のトレーニングを真剣にすると
、信じられない力が出てくる事もあります。

だから皆さんに坐禅をせよとは言いませんが、常識に囚われず、人間には誰でもこのような力が内蔵されているということを知る事は良い事だと思います。だから、何があってもマイナスの感情を少なくし、心穏やかに、心静かに日々過ごす事は幸せを引き寄せる力があるのだと思いますよ。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 23:58| Comment(2) | 人生を楽に過ごす方法

2009年04月05日

恨みの心は持たない

恨みの心ほど人間にとって破壊的な心は無いでしょう。中には復讐のために一生を台無しにする人もいます。復讐は復讐の連鎖を呼び、終わることがありません。イランとイラクはず〜と戦争状態にありますが、これは過去2000年以上のペルシャ民族とアラブ民族の争いの続きなのです。可哀想に延べ何百万の人がこの争いにより死んだことか。

個人でも、意地悪されたり、身内を殺されたりしたら恨みの心がめらめらと湧き上がり、「あいつをやっつけないと気がすまない!仕返しをしないと気がすまない!」ということになります。また、それが当たり前だと思われている時もあります。だから人間は2000年以上も報復の繰り返しの戦争を続けたりしています。何を隠そう、私も昔はそういう人間でした。

しかし、真理は恨みの心を持っている間は決して幸せにはなりません。復讐は復讐の連鎖を呼び終わるところがありません。不正義な事があれば、それは淡々と白日の下に皆が見えるようにしなければなりません。しかし、それをしている個人に対して恨みの気持ちや仕返しの気持ちを持つことは不要です。なぜなら恨みの心は相手より貴方をより多く痛めつけますから。これは天に向かってつばを吐くようなものです。いつかは自分に返ってきます。

約束を破ったり、人を陥れたり、恩を仇で返したり平気でする人間も居るでしょう。しかし、正義は勇気を持って公平に実行しなければなりませんが、その人間を恨むことや罰する事は必要のないことです。そんなことで自分のかけがえのない一生を台無しにしてはいけないのですね。

その人に対する罰は天に任せて置けばいいのです。貴方は貴方のしなければならない事をして人生を幸せに生きねばなりません。実際にこれは頭でわかっても実行するのは至難の業ですね。でも、恨み=不幸がよく理解できれば、そんなに努力しなくても実行できます。

「人を恨んで穴二つ」という言葉があります。双方とも墓穴を掘るという事です。自分がどんな目に遭おうとも勇気を持って不正義は証明しなければなりませんが、決して人を恨んではいけないのです。罰は天に任せて、自分はあっさりくだらない事は忘れましょう。同じ人生の時間を使うなら、恨みより幸せのために使った方が百万倍以上価値がありますから。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:20| Comment(2) | 怒りは病の元

2009年04月04日

やはり言葉は大事だな

仕事上である人に「貴方はなかなかビジネスセンスがありますね」と言った上で、ある用件に関して「忌憚のない意見を聞かせてください。」と言ったらどう考えても好き勝手な意見を書いたメールを送ってきました。それまでは、それなりに常識的な人かなと思っていましたが、いっぺんにその人に対する私の評価は変わりました。

多分、私が褒めたのでちょっと本人はいい気になったのだと思います。そんなつもりで褒めたのつもりはなかったのですが、その人の内面がポロッと出た瞬間でした。同じ意見を言うにも、やはり使う言葉を考えないといけないなと反面教師として自分を戒めました。

私達は知らず知らずのうちに同じようなことをしているのではないでしょうか?「自分」という自我が強いと、私はこうだああだと言い出します。言葉というのは本当に大事です。相手を傷つけない言葉を使う訓練をすると、そのうち相手を傷つけない人間になります。周りを見て「まあこんなものくらいだろう。」と自分を合わせていると、いつかボロがでます。普段からの人間を磨く精進が大事ですね。

ただ、世の中では自分は傷つけない人になっても、相手が同じようなことを貴方にするとは限りません。人を傷つけてもなんとも思わない人間は大勢居ます。そういう場合、怒るのではなく気にしないで放っておいたらいいのです。色々な人間がいるのですから。仕返しをしようなんて思う必要はありません。きりがありませんから。何しろ気にしない。気にならない。そういう自分を良い言葉を使いながら作る。これが大事だと思いますよ。

合掌

仏光
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2009年04月03日

辛さ、悲しさを潜在意識で変える

私たちの考え、行動は私たちの意識には出てこない潜在意識によって殆どの部分がコントロールされていると考えていいみたいです。潜在意識の中に「辛さ」「怒り」「悲しみ」などが根強く色々な形で刷り込まれていると、やはりその人の思考パターンや行動パターンは「辛さ、怒り、悲しみ」がベースとなってきます。

普通は意識が働くので社会に出ている時は、他人を意識して「良い人、楽しそうな人」になれるのですが、本人が一人になった時、または自分にとって都合が悪くなっていくとだんだんその人の本質が現れます。何事もない時は殆どの人は良い人になれるのですが、その人の本質を見極めるには、もしくは自分の本質を見極めるには、追い込まれていざとなった時にどの様な思考パターン、行動パターンを取るかを見ていればよく判ります。

人間は得てして意識的に作り上げた自分を自分と思い込んでいますから、いざとならないと本人も自分の本性が判らないのです。

そこで、消極的な潜在意識を積極的なものに変えていくには普段の言葉使いとともに寝る時に注意すれば、自分で変えていくことができます。寝ている時に潜在意識が現れる、または作られるといっても過言では無いのです。次の寝る時の心得を実行するとかなり自分が変わりますよ。ただ、潜在意識は、反復によって変わっていくので、続けないと余り意味がありません。

寝る時の心得 (心のトレーニングから抜粋)
1)
「腹が立つこと」『悲しいこと『辛いこと』『心配なこと』など消極的な言葉で作られる概念は決して寝床に持ち込まない。考えれば考えるほど『楽しくなること』を思い浮かべて寝る事。
2)
寝る前に鏡の前で自分の顔に向かって、自分のなりたい状態を命令的な言葉で話す。たとえば『お前はもっと元気になる!』『お前はもっと信念が強くなる!』『お前はどんな状況でも笑って生きるようになる!』などと発声する。
・ 真剣に命令すること。
・ つぶやきくらいの声でよい。
・ 一回だけ命令すること。(2度3度と繰り返さない)
・ 命令事項は一つだけにすること。
・ 命令したことが現実化するまで命令を変えてはいけない。
・ 寝る直前にするのが効果的。

まず、これだけのことを毎日やると自分が自分が本当になりたい自分に変わっていきますね。明日は、起きた時の心得を書きたいと思います。(つづく)

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 20:52| Comment(2) | 心のトレーニング

2009年04月02日

取り越し苦労厳禁

殆どの人は、この先こうなるのではないか、ああなるのではないかとまだ現実にはなっていない将来のことを心配するのではないでしょうか。私も心配しそうになる時があります。でも、これは全く無駄なことです。心配してもしなくても未来の事は誰にも判らないのです。

一旦心配が始まると心配の無限ループにはまり込んで、猜疑心が強くなったり、落ち込んだりします。これは心配を通して脳が悲惨な状態のシュミレーションをしているうちに、脳に浮かぶ情景や考えが現実に起こりうるものと脳が判断し始めるからです。

要するに現実には起こっていないのだけど貴方の脳の中では起こっている事になります。これはバーチャルリアリティー、「架空の現実」なのです。同じ架空なら自分が面白いシュミレーションを自分の脳の中でしたらいいのですね。

だから、寝る前には取り越し苦労をしないで、考えれば考えるほど楽しくなることを想って寝ることです。寝ている間に考えが潜在意識に入り込んでいきますから。

よほどの超能力がない限りは我々凡人はこう考えていればいいと思います。

「過去の事は忘れなさい。過去はもう済んだことです。何万回考えても過去は変わりません。」

「未来のことも忘れなさい。未来はまだ来ていないのです。誰も未来がどうなるかはわかりません。」

「はっきりしているのは今、この瞬間だけです。今、自分の持てる体力と知力からなる能力を出し切りましょうよ。やはり我々にはそれが最善の策です。」

結局、「般若心経」が言っていることもこういう事だと私は思いますね。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:17| Comment(2) | 空の心

2009年04月01日

怒らないと物事はうまく行く

私達はよく心に怒りの感情が芽生えます。何か気に入らないと怒りの感情が出る人が多いです。最近では怒ることを「切れる」といいますが、「切れる若者が増えている」なんて記事を新聞などでよく見ます。

人間の怒りの感情は、自分が「こうでなければいけない」と思っている事に対して、思った通りにならないことが事が起こったり、相手が自分の思っている通りに動いてくれない時に出てきます。

よく怒る人は、「こうでなければいけない」とか「こうあって欲しい」という思いが強いのですね。これ自体は悪い事では無いのですが、それを周りに期待したり強要する気持ちが無意識にでもあると、怒りの感情が芽生えてきます。

しかし、よく考えてみると怒って良い事は一つもありません。まず感情が高ぶっているので良い判断ができないですよね。自分の気分は悪く、周りの気分も悪くなります。怒る事によって周りはしぶしぶ貴方の言うことを聞くかもしれません。でも、貴方に対する嫌な思いはその人の脳裏に刻まれます。

中には一旦怒り出すとなかなか自分で止められない人もいます。また、すぐにカッとなる人もいます。要するにこのような人は「自我」が強すぎるのです。自分中心の考え、感情が強すぎるのですね。親に怒られて育った人は、大きくなってから人に怒るようになります。

怒りの感情が出てきたら、一番良いのはまずその場を離れることです。そして時間を置くと落ち着きます。しかし「そんなことは判っている。それができないから困っているのだ!」という人もいます。

そのような人は、小さなメモに「さあ、私はこれから怒るぞ〜!」と書いて、怒りの感情が出てきたらそのメモを取り出して読んでください。「怒らないぞ〜」ではなく「怒るぞ〜!」です。面白いほど怒りの感情が無くなっていきますよ。

世の中怒っていてもろくな事はありません。怒っている時間は限られた人生にとって大変もったいない時間です。怒らないと物事は大変うまく行きます。最低限、怒っているよりかはうまくいきます。

せっかく一回こっきりの人生、できるだけ怒らず、ありがとう、ありがとうと感謝しながら穏やかにいきましょうや。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 23:58| Comment(0) | ありがとう、ありがとう

やはり人生は修行かな

日々生活していると、嫌なこと、苦しいこと、悲しいことがやはり起こります。私は以前、本当の幸せとは何だろうと考えに考えたことがあります。それで禅の道に入ったわけですが、その頃の自分は本当に苦しんでいました。

そして修行をしていく中で、本当の幸せとは「絶対的な安心」なんだと気づきました。では、絶対的な安心とは何でしょう。お金とか地位とかあれば絶対的な安心でしょうか?今なら公務員の人達のように仕事を失う心配がないのが絶対的な安心でしょうか?自分や家族が健康であれば絶対的な安心でしょうか?

今、自分に、お金、地位、仕事の保証、健康などが無い人は、それが手に入ると安心と思うでしょう。でも、そうでは無いのです。それは、お金持ちが絶対的な安心をしているかというと、それとはかけ離れた人生を送っている人が多いです。お金持ちはお金を失う不安の中に生きています。日本全国の公務員の人が絶対的な安心を持って生きていますなんて事もないですよね。それぞれ悩みを持って生きています。

もし、幸せが「絶対的な安心」であるならば、それは何処にあるのでしょう?ここが、私が一番判らなかった所です。私は以前、お金も地位もありましたが、全然安心ではなかったです。だから、そこには無いことはよく判っている。絶対的な安心が何処に有るのか判らないとこの人生で本当に「幸せ」にはなれないぞ。幸せな気分の時もあれば不幸せな気分の時もあって、一生心を右往左往して生きていかねばならない。「こりゃたまらんな〜。」と思ったわけです。

禅の修行をしていく中で、一つ分かった事は「幸せ」とか「安心」とかは自分の心の「状態」の中にあって、財産、地位、仕事など自分の置かれている「状況」の中には無いのです。

今の私に判っている事は、失業や病気など、どんな苦難が襲ってきても、それにひるまず、ぶち当たっていく時の心の状態。一日がまあ無事に過ごせればそれに感謝し、周りに感謝する時の心の状態。困っている人がいたらできる範囲で助ける時の心の状態。「幸せ」「安心」とはこのような積極的な心の状態の中に存在するということです。一言で言えば「平常心」です。一日24時間一瞬も怠ることなくこの心の状態が保てたらそれが「絶対的な安心」ですね。それができるのが禅の「老師」ですよ。目の前にいますから、見ていて「すごいな〜。」とつくづく思います。

いくら禅の修行をしていても、辛いことがあれば逃げたくなるし、理不尽なことがあれば腹も立つ。以前より相当ましになっているかもしれないけど、まだまだ修行は続きます。だって、私も生きている間に一度でもいいから「絶対的な安心」を経験してみたいと思いますから。長い道に見えるけど、人類の歴史の中で禅の修行がどうもそれを獲るための一番の近道のようです。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 07:32| Comment(0) | 人生を楽に過ごす方法

2009年03月30日

人生とは・・・・

小さな草

「人に踏まれた 
小さな草も
思い思いの花を咲かせる」

「辛いことに耐えて
夢を種に 努力の水と 感謝の肥料で
人は幸福の花を咲かせる」




「この道を行けば
どうなるものか 危ぶむこと無かれ
危ぶめば道はなし 踏み出せば その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかるさ」


幸せ

「幸せはいつも 自分の心が決める」
「人生とは 心の道場である」
「人の一生は 心の富を 蓄えるためにある」
「うまくいかない理由は 自らにあり」
「ひとは 人に生かされ ひとは 人のために生きる」
「雨が降ったら 傘さして 傘がなかったら ぬれて行く
そんな人生がちょうど良い」      (立花敏伸氏HPより)


何も言うことなし!そのまま、あるがまま。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 23:59| Comment(2) | 塞翁が馬

2009年03月29日

商は笑にして勝なり!

なんと「笑うことが商売の要諦(ようてい)だ」ということです。

 斎藤一人さんも
  「斎藤一人のツキを呼ぶ言葉」で以下のように
  述べられています。

幸せになるコツは「笑う」こと。
  笑うと顔に ○ がある人になり、しかめっ面でいると
  顔に × がある人になる。 
  顔に ○ がある(笑顔になる)と第三の目(心の目)が開き、
  顔に × がある(しかめっ面)と心の目が閉じてしまう。
 
  この心の目が閉じていると、誰も助けてくれないし、
  かわいがってくれない。

 だから,口元を上げて笑顔でいようね。と

 皆様、笑って笑って幸せになりましょう。(立花敏伸氏HPより)

 ●正しい経営とは
「どうしたら売り上げがあがるか、利益を確保できるか」 を考えるのではなく
どうしたらお客さんに喜んでもらえるかを考えることが大切です。


笑うことは別に商売がうまく行くだけではありません。健康になるし、人間関係はうまく行くし、心は穏やかになるし、周りは幸せになるし、子供は朗らかに育つしと、これほど元手がただで得する事は人生そう多くはありません。

私達は別に笑うのにお金がかかることはありませんので、笑おうと思えばいつでも笑えるのです。だったら、しかめっ面はやめて笑うことを癖にしましょうよ。今、どの様な境遇にいようとも笑っていれば、その境遇が貴方にとって今より向上していくことをお約束します。

幸せになるのに、笑い、微笑みに勝る特効薬はありません。さあ、今日から意識して笑いましょう、微笑んでいきましょう。
天はちゃんと私達に元手がかからずみんなが幸せになる道を作って置いてくれていたのですね。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 19:00| Comment(4) | 人生を楽に過ごす方法