2009年01月22日

地獄と極楽

江戸中期頃、駿河の国に白隠和尚という素晴らしい禅の老師が居られました。五百年に一人と言われる臨済禅の逸材で、現在日本で行じられている臨済禅は全て白隠和尚の系譜であるといっても過言ではありません。

さて、ある日、白隠和尚のところに西国から一人の武芸者が尋ねて来ました。西国というくらいですから、今の九州辺りから何日も歩いて駿河の国、今の静岡県沼津市に居る白隠和尚に会いに来たのです。寺の小僧に取り次いでもらい、やっと和尚に会えることになりました。

武芸者は威儀を正してお礼を述べて、わざわざ会いに来た理由を伝えました。「私は武芸者で試合では常に命のやり取りをしなければいけません。和尚、本当に地獄と極楽は有るのでしょうか?この答えを高名な白隠和尚にお伺いしたいと思いはるばる西国よりやってまいりました。」

白隠和尚はチラッと武芸者を見て、「お前がそのような質問をするのは百年早いわ。帰れ帰れ!」と一喝して武芸者を山門の外へ放り出して門をぴシャッと閉めてしまいました。

武芸者は何日も何日も歩いてやっと白隠和尚のところへ来たのです。あきらめきれずに三日三晩、山門の外に立ってもう一度白隠和尚にお会いしたいと小僧に頼みました。小僧は見るに見かねて武芸者を白隠和尚のところへ連れて行きました。和尚の前で礼を尽くして深々とお辞儀をする武芸者を見て、「まだ居たのか!貴様のような者には用は無い。時間の無駄だ、帰れ!」とまた一喝しました。

さすがの武芸者も「ここまで礼を尽くしているのに・・・!この糞坊主!」と、腹が立って思わず刀の柄に手をかけました。そこへすかさず白隠和尚は振り向いて「それが地獄だー!」と、怒りに任せて和尚を切り殺そうと刀を抜いた武芸者に向かって言い放ちました。

そこはさすが武芸者です。ハッとその意味がすぐに分かり「ハハー!恐れ入りました!よく解りました!ありがとうございました。」と畳に頭をこすり付けました。それを見て白隠和尚は微笑みながら穏やかな声で「それが極楽だ。」と武芸者に教えてあげました。

地獄、極楽は死んだ後の世界の話ではありません。地獄、極楽は私たちの心の中に有るのです。

合掌
仏光



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posted by 仏光さん at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 地獄と極楽