2009年04月09日

自分がいつも正しいとは限らない

普通人間は自然に自分が正しいと思うようにできているみたいです。それ自体に何ら問題はありません。自分はいつも間違っていると思うほうがよほど問題があります。しかし、自分は常に正しいとは限りません。ところが社会では自分が常に正しいと思っている人が案外多いのです。

特に立派な肩書きができてくると、「自分はあなた達よりか正しいから、このようにあなた達より立派な肩書きと収入があるのですよ。」と意識しないまでも潜在的に思うようになります。みんながみんなという事ではないですが、このような人は案外多いですね。

私は仕事で新幹線をよく使いますが、車内の会社員の人達の会話は大概の場合自分の会社の話で、誰がどうだとか、あの部署はこうだとかず〜と話し込んでいるのが聞こえてきます。人の会社の話など私には全く興味は無いのですが、話している人の基本スタンスに共通性があるのは面白いと思います。

殆どの人が如何に相手や会社が間違っていて、自分が如何に正しいかを直接的、間接的に話している会話が殆どです。「俺がやればもっとできるのに、あの部署はああだからだめなんだ。」という類の話です。私は今まで「いや〜、間違っていたのは自分です。やはりあの人のほうが正しかった。私のせいで大変皆さんにご迷惑をかけた。申し訳ないと反省しています。」なんて話は電車の中で余り聞いた事はありませんね。

私も最近自分が正しいと思い込んでいたことが、実は自分が間違った考えをしていたと反省したことがあります。半信半疑で相手の言っている事の事実確認をしたら、相手の言っていることが正しくて自分が間違っていました。だから、自分と意見が違ってもすぐに相手を否定するのではなく、相手の話は一応よく聞いてみることです。人間であれば、いつも必ず正しいなんて事はありません。「自分はいつも正しい」と思い込むのはその人の自我が出ているだけだと思いますね。

「自分は正しいと信じて生きてはいるけれど、常に正しいとは限らない」と認識するのが人としてすごく妥当なところだと思います。
こういうスタンスでいると余り人と争いにはなりませんね。やはり、相手の話もきっちり聞くようになりますから。「俺は正しいんだ!」と言い張るよりかは、よほど平和的で効果的な結果が得られます。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:18| Comment(3) | 物事は必ず好転する

2009年03月14日

心で生きる

私が若い頃は幸せとはその人が置かれている立場、条件の中に有ると思っていました。

「社長になって、お金や地位があって、自慢できる家族がいて、大きな家があって・・・・・」その中に幸せが有ると思っていました。

でも、それは大きな、大きな間違いでした。

人間はいくら財産や地位があっても、心が貧しくては決して幸せは感じられないのです。

物質的には貧しくても心が豊かであればいつも幸せな気持ちで穏やかに暮らすことができます。

そう、幸せは自分が置かれた立場や条件の中には無く、自分の心の中にあったのですね。

いくら自分が置かれた状況が厳しくても、心の置き所一つで同じ景色が地獄にもなり極楽にもなる。

心豊かに生きることが如何に大切か、今半世紀にわたる自分の人生を振り返り、しみじみと良い事に気づいたと思いますよ。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:30| Comment(0) | 物事は必ず好転する

2009年02月28日

心の中の幸せを感じて・・・・

人生の喜びや悲しみ、運の善し悪しは、自由に変えられません。
しかし、幸せは心を変えるだけで感じ取れます。

幸せとは、自分の心が決めるのです。幸せを探している人は、
その幸せが訪れても気が付かず、不幸だと思っている人は、
一生幸せが訪れないかもしれません。
同じ事をしているのに、幸せを感じる人と、不幸と思う人がいます。
実は、幸せと不幸は、同じ心が決めるのです。

幸せは、いつも心の中にあります。

その幸せを心で感じ取れるかどうかです。

お金持ちの人、貧乏の人、健康の人、体の不自由な人、色々な環境の人がいます。
同じ環境、同じ生活をしていても幸せを感じ取れる人と不幸と思う人がいます。
不思議ですね?

「幸せ」と「不幸」は、同じなのです!

人生の苦楽は当たり前、現実を素直に認め、否定せず、楽・喜・辛・悲を心の糧として、
「プラス」に転じる事の出来る人は、どのような時にでも幸せを感じ取る事が出来ます。

心を豊かにし日々の生活を大切にする「心」が幸せの第一歩です。
立花敏伸氏HPより

 一期一会

幸せは,いつも心の中にあるのだから!

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:06| Comment(4) | 物事は必ず好転する

2009年01月06日

物事は必ず好転する

(上手くいかない時の 「心の処方箋」 )
プラス思考と、現実を受け容(い)れる心


●止まない雨はない (中津文彦)

長い闘病生活・・・「止まない雨はないのよ」というのが母の口癖だった。

つらいことや苦しいことも、じっと我慢していればいつかきっと通りすぎていく。
大正生まれの女性は、そう信じて耐え続けてきたのだろう。

だが、私にはそうとは思えない幼少時代があった。
戦後間もないころに小児結核に 冒され、絶対安静の長い闘病生活を
強(し)いられたのだ。
近頃はあっという間に一年がすぎていくが、遊びたい盛りの子供にとって
五歳から小学校三、四年までという 歳月がどれほど長いものだったか。
この"雨,,はおそらく止まないのではないか。
幼かっただけに「絶望」とは違うニュアンスだったが、 特効薬のないことも知っており、
少なくとも母の言う通りだとは思えなかった。
そんな日々の中で、
幼児なりに身につけていった。"処世術,,のようなものがある。

現状を、 とにかく「こういうものなのだ」と受け入れる、
ということだった。 諦めや、ただ耐えるということではなかった。
元気に飛び回っている友達とわが身を比べても、
何の得にもならない。
閉ざされた自分の世界にも、探せば一つぐらいは
楽しいことがあるだろう ― という程度の、
漠然としたものだったような気がする。

しかし、ラジオも読書もだめ、という病床の中で"楽しいこと,, を見出すのはまさに
至難(しなん)の業(わざ)だった。古い病室の天井は杉板張りで、眼に入るものといえば
白い壁とその天井板だけなのだが、ある日ふとその板目の模様に気がついた。

高い山や低い山、あるいは曲がりくねった川の流れのようにも見える。
見ようによっては、さまざまな景色にも地図にも見えてくる。
そのことにしだいに熱中して、
さらにその景色や地図をもとにしてストーリーのある物語を
次々と思い浮かべるようになった。
朝日がさし込むと、病室の空間に浮遊する塵(ちり)が浮かび上がり、
それがまた宇宙の物語を提供してくれる。"楽しいこと,, は、
探せばどんなところにもあるんだ、とわかったときの嬉しさは忘れがたい思い出だ。

PHP703 12月号より

● この世に存在するもので無駄なものは何ひとつない
     プラスになるようにプラスになるように考えて生きることが大事ですぞ。

● 頑張ってもしかたがない時がある あせってもしかたがない時がある
         降りだした雨はやむのを待つしかない。           

高野山真言宗総本山金剛峯寺

● 私たちが目の前の現象について悩んだり、苦しんだりしているときは、
それを受け容(い)れていないということなのです。
否定をしているということにほかなりません。
悩み、苦しみの根元は「思いどおりにならないこと」思いどおりにしようとしないで、
受け容(い)れよ。そして、感謝せよ。それが幸せになるコツ

立花敏伸氏HP ★小林正観氏著「ただしい人からたのしい人へ」より

posted by 仏光さん at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 物事は必ず好転する