2009年01月06日

自己紹介の続き

さて、いったん世の中で言う成功から転がり落ちた自分に再度人生にチャレンジする力を与えてくれたのは坐禅ですが、時を同じくして自分には人の体の不具合を癒す力があることに気づきました。自分の手を当てるとぎっくり腰でもすぐに治る事が分かったのです。一般的には気功とか呼ばれていますが、自分の場合何も習ったり、訓練したわけではないので、生まれつき備わった能力でしょう。

その話はそれなりに広まって、九州大学の高尾先生などと共同研究するようになりました。今は名古屋大や大阪大学の先生などと共同研究しています。

さて、今はこの能力を活かし、また、学校に通って人を癒す技術を学び、自然治癒の療法院をしています。殆どの人が短期間に回復されるので、それなりに評判になりぼちぼちこれでやっていけるかなとも思っています。大学の先生方も見学に来られるようになりました。

鉄くず屋で3年間働いた後、人材コンサルタントの紹介である化学メーカーの役員になりましたが、そこで過去傲慢だった自分と同じようなオーナー経営者に出会い、自分があのまま社長をしていればこんな人間になってしまったのだぞと、天から見せられているんだなと思いました。本当に自分もこの人のように、威張り散らかして皆に嫌われ、それでも本人は気づかず、一生を棒に振るところでした。こうなると、社長を首になり大変な目に逢った事が、かえって自分にとっては良かったのだと、過去の自分と同じような人を前にして心から思えるようになりました。人生とは不思議なものですね。

今はそのときの仕事で知り合った会社の役員をしながら、会社のすぐ近くで療法院をしています。もちろん禅の修行者として日々の坐禅も欠かしません。まあ、坐禅するために働いているようなものですから。実際、苦しい思いをしたお陰で人の苦しさ、悲しさ、悔しさが分かる自分になれたと思います。また、その経験が自分に坐禅を通して「ちゃんと生きなきゃもったいない」と思わせるようになったと思います。本当にありがたいことです。今の自分は朝目が覚めて、今日も生きているだけで「ありがたい」と思えるようになりました。

posted by 仏光さん at 13:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介

はじめまして

禅の修行者、仏光です。仕事柄、色々と人生相談を受ける機会が最近特に多くなってきました。不安や悩みで一杯一杯で心を病んでいく人が如何に多いかと切実に感じております。そのように困っている人に私ができることは何かなと思い、ブログを始めました。

さて、私の生まれた家は寺でもなんでもなく、社会人になってから仏門を叩き、縁があって臨済宗円覚寺派の老師に入門することになりました。もともと禅の修行者は托鉢をして、お金やお米を貰って生きているのですが、今の寺は葬式や法事でお金を貰って生きています。しかし、私一人ならいいのですが、既に家族もいるので働きながら本格的な禅の修行ができる場があることを知り、入門しました。したがって、托鉢の代わりに自分の仕事をして、その他の時間は坐禅をしたり、もっと直接的な修行の時間に当てています。

禅とは生活そのものが修行ですので、働くことも私にとっては修行の一環です。禅ではこういう労働を作務と言います。したがって、働くことも、禅道場で雑草を取ることも全く同じ作務で同じ意味合いです。2年間毎日坐禅をして、老師との禅問答で最初の公案を通り、見性して「仏光」という道号を頂きました。

今から思うと、仏門に入る前の私は一般に言うとんでもない人間でした。若くして外資系の事業に成功したためにお金に困ることは無く、お決まりのように傲慢で他の人間を馬鹿にした、なんとも情けない人間でした。飲む打つ買うは当たり前で、家庭も全く顧みず、それでも社会的地位はあり金もあるので、ベンツなどに乗りながら「俺は偉いんだ、文句あっか?悔しければお前も俺と同じようにやってみろ!」と心の底から思っていました。

ある日頼みにしていた外資の本社が敵対買収されることになりました。「そうなればいつか自分は首になる、今のうちに会社を作っておこう」と思いその準備をしていたら、それがバレて本当に首になってしまいました。全くアホみたいな話ですが、そうなると大変です。それまで「自分はビジネスの天才だ!」と思っていたのが一瞬にしてへなへなになってしまい、一人では何もできない自分がいて「いったい俺とは何と情けない人間だろう。明日からどうして食っていこう。」終いにはうつ的症状も出てきて、何度か死のうと思って実際にロープを手にしたこともありました。その時なぜ死ななかったかと言うと、「死んで今より状況が良くなるというのが約束されていれば死んでも良いが、死んだらあの世で今より悪い状況になるかもしれないのでやめて置こう。」と単純に思ったからです。

その後は一から人生をやり直してきました。今まで社長室でふんぞり返っていた自分ですが、縁があって鉄くず屋で働くようになりました。ただ、色々な本に書いてあるような格好いい一からのやり直しではなく、毎日が自分のプライドのせいで辛く、もちろん仲間にも入れず、涙を流しながら働いていたというのが実際のところでした。

しかし、世の中捨てる神あれば拾う神ありで、心の救い方を求めていたら禅とも縁ができて入門を許され、また、修行を始めたお陰で自分には本人さえ知らなかった隠れた能力があることを発見したのです。
posted by 仏光さん at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介