2009年03月26日

人間の修行とは、他人に喜びを与えることである (釈迦)

私達はよく心を磨くとか人格を磨くとか言いますが、果たして心や人格を磨くとはどういうことなのでしょう。「真に立派な人」というのは、資産をたくさん持っている人や、社会的肩書きの素晴らしい人、自分の良い行いを宣伝している人を指す事で無い事は確かですね。それは今までの私のブログを見て頂いたら良く判ると思います。

世の中一般の人間は人生の主な目標を物質的に豊かになることに置き、それがある程度叶えられると地位や名誉を一生涯をかけて求めていきます。中には最初からどれもこれもみんな欲しいという強欲な人間もいます。

お釈迦様は悟りを開いた後、インドの村々を説法をして回りました。多くの人がお釈迦様に帰依していきましたが、その中には王族諸侯も多くいました。そして、お釈迦様に土地や大きな寺を与えようとしました。

「真理を説くのに伽藍殿堂は要らぬ!」と、お釈迦様は一切このような申し出を断りました。自分の修行のため、また大衆に道を説くのに立派な寺など要らないということです。そして自ら数名の弟子と共に田舎の村々を回り説法をしていきました。説法の旅の途中、ある村で病に倒れ亡くなっています。悟りを開いてからは、仏道を何処までも大衆に説いて回る事を自らの修行としていたのです。

お釈迦様の説法で多くの人の心が救われました。人生で何が一番大事なのかを説法を聞いて人々が気づき、自らの心、人生を救っていったのです。私はこのように人に真の喜びを与えることができるお釈迦様こそ、本当に立派な人格者であり、磨き抜かれた心の持ち主であると思います。

私は、もちろんお釈迦様のような説法はできませんし、その人格も足元にも及びません。ただ、人に喜んでもらえることはできると思っています。自分の周りで困っている人の助けになることはできると思います。それらを一つ一つ実践していって、私なりに自分の心を磨いていきたいと思います。それが人間として生まれた者の修行でしょうね。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 20:55| Comment(2) | お釈迦様
この記事へのコメント

 きょうもさりげない優しさにふれ
 本当に感謝のこころでいっぱいです!
傲慢で自分のことしか見えない自分の
 凍りついたこころを みなさまの
 おかげさまで すこしずつ 見直しが
 できます・・・
 花冷えの日々 みなさまもお身体ご自愛
 ください!
Posted by さらさら at 2009年03月27日 13:20
良かったですね。余り考えすぎないように。考えずに済むようにするには一つでも良いから、建設的な事をするのです。友達への電話一本でも良いし、掃除一つでも良い。私は気分を落ち着けるためによくトイレの掃除をしますね。要らないことを考えずに済みます。

合掌

仏光
Posted by 仏光 at 2009年03月27日 14:13
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