2009年03月18日

自分を作らない

誰でも人に良く思われたいものです。小さな子供は特にそうです。小さな子供は親、特に母親に良く思われたいのです。だから最初は親の言うとおりに良い子になろうとします。

これが自分をよく見せるために自分を作り出す始まりです。小さな子供は仕方が無いですが、大人になったらもう一度考え直した方が良いと思います。私達は学校に行った時、社会に出た時、敏感に自分が所属する集団が何を求めているかを感じ取ります。そして、それに自分を合わせていこうと無意識に思うのです。合わないとグレたりします。

でも、そうして自分を作っていく間に本当の自分と作り上げた自分のイメージとの間にギャップが生まれてきます。英語ではセルフイメージと言っていますが、「周りから見られた時の自分を作り出し、それを保とう」という意識が働きだします。

そうすると、どんどんギャップが大きくなって、そのうち本当の自分が作り出された自分のイメージの奴隷になっていくのです。例えば「私はハイソよ!」というイメージを作ったとします。そうしたら本当は貧しかった子供の頃に食べた「たこ焼」が食べたいのだけど、イタリアンで「ピザ」にするみたいな行動を取りだします。「たこ焼なんかとんでもない。私のイメージが崩れる!」となるわけです。プライドなどは、結局はこういう類のものです。

これを意識的にやっている間はかわいいのですが、無意識にやりだすと病は深刻です。「いったい本当の自分とは何か?」というのが判らなくなります。そして、自分が作り出した自分のイメージの奴隷のまま一生を終わることになります。

可哀想な話ですね。いったい本当の自分とは何だというのが分からず奴隷の人生を生きていくのです。中には自分の作り出したイメージの自分と現実の自分とのギャップが大きすぎて、うつになっていく人もいます。

禅では本当の自分の事を「本来の面目」と表現します。臨済禅に入門すると最初の「公案」が「父母未生以前における本来の面目は如何?」です。公案とは老師との禅問答の問題みたいなものです。「お前のお父さんお母さんが生まれる前のお前はいったい何だったんだー!」という意味です。これを一生懸命坐禅しながら工夫して見つけていくのです。

本当の自分を見つけると、如何に今まで自分は自分を作っていたのかがわかります。そして普段の生活があるがままの自分の生き方に近くなっていきます。これでやっと自分が自分の主人公になれるわけです。

やはりあるがまま生きる方が楽ですね。私はそう思いました。一度皆さんも本当の自分とは何かを心の中で工夫してみてはどうでしょう。作り物の自分ではつまらん話ですよ。

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 22:47| Comment(2) | 人生を楽に過ごす方法
この記事へのコメント

 いままで なぜか 困ったとき
 すぐ 誰かが手を差し伸べてくれて
 大概のことは 難なくこなしてきたけど
 こうして 自分ひとりで 荒波をこぐとき
 ただ 足がすくみ おろおろするばかり・・
 若い頃の苦労は買ってでもしたら良かった・・
 
 けど まだ命が尽きたわけではなし・・・
 すこしでも 自分が輝けるそして まわりを
 照らせるぐらいになる目標をかかげ 生きたい

 いまがチャンス到来だと思うから・・・
 
 仏光さん・・・きょうもわかりやすいお話
 ありがとうございます!
 
 
Posted by さらさら at 2009年03月19日 18:25
やはり人生は自燈明、法燈明です。自分を頼りとし仏法を頼りとし生きていく。苦労の問題ではありませんよ。心構えの問題です。大丈夫ですよ。やっと何が大事なのかを気づき始めたのだから。

合掌

仏光
Posted by 仏光 at 2009年03月20日 00:14
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