2009年02月25日

善き教えに接することは最高の財産

釈迦はいう
教えを説いて与えることはすべての贈与にまさり、
教えの妙味は すべての味にまさり、教えを受ける楽しみはすべての楽しみにまさる。

善き教えを解りやすく説くのは難しい。学問上のことばを使わず、言いまわしも、
シンプルにして、中学生か高校の女性徒にも解るように説くのは難しい。
男子生徒は割りと理論的に考える傾向があるが、女生徒は、どちらかといえば講演者を
好悪や目つきで判断したり、解りやすいことばしか受けつけないという傾向がある。
特に小学校低学年に釈迦の話をするのは難しい。悟りとか修行とか正しい思念とか、
妙味とか、すべての漢字に瞳が点となって、全く理解してもらえない。

善き教えはすべての贈与にまさるとは キリストも同じようにいっている。
あれこれ理由をつけて、掃除をしたり、窓を直したりせず、
すべてを投げ打って私(キリスト)の話を聞くことにまさる行為はないと。
つまり、教えを聞くチャンスを逃さずよく聞いて、自分を修正することを第一とせよ。
それは、神の門に至る地図を与えられるからである。そしてその地図をたどって
歩み出す勇気をも与えられるからである。正しき、善き話はすべてを投げうって、
耳を傾け、真理を見出すように心を傾けるといい。自己の修正に時間を費やすと、
心揺れることがなくなり、患(わずら)いと不安から遠ざかることが出来るようになるからだ。
また教える側の妙味は、聞いてくれる人々の好意と熱意のエネルギーをいただくので、
心が昂揚(こうよう=気分が高まる)し、少々の風邪の症状くらいは30分で消えてしまう。

熱い尊敬と、優しいうやまいのエネルギーが心地良く、丹田(たんでん=へその下辺り)に
たまってゆく。本当に、教えを受ける方にも、授ける方にも、すべての楽しみにまさる、
生きる充実感をもたらしてくれる。身を正し、物を売らず真を語り、
信を大切にして、先ず自分を正しく整える。
そうして、内なる光輝を静かなエネルギーに換えて興奮することなく

大声でしゃべることなく、
静かなことばを四方の隅々まで光に乗せて行き渡らせられるといい・・・。

北川八郎氏著 ブッダのことば「百言百話」より

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 21:05| Comment(0) | お釈迦様
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