2009年02月15日

いのちのたくましさ

人の欲望は底知れぬもので、財を築いた人はさらなる富を求め、容姿に恵まれた人は
もっと美しくと、果てのない幻を追い続けます。しかし、しょせんは幻ですから
満たされることがなく、得体のしれない不満を抱えたまま
生きていかなければなりません。私もそうでした。
ベビーブームの真っ只中で生まれ、他人と競い、抜きん出ることばかりを考えながら大人になったのです。勉強をして良い大学に入り、一流企業に就職をして裕福な家庭を築くことをめざして生きてきました。
ですから自分の子供にも多大な夢を抱いていました。
ところが、長男は出産時の事故で脳に大きな傷を受け、
重い障害を持って生まれてきたのです。歩くことも、立つこともできません。
話すことも、笑うことも出来ないといわれました。

人口呼吸器を着け、身体中をチューブやコードで覆(おお)われたわが子を見て、途方にくれました。痛々しい姿が可哀想(かわいそう)で、いっしょに死んでしまおうかと心が揺れたこともあります。
息子の障害を受け入れることのできなかった私は、その障害を治すことばかりを考えました。「効果があるらしい」と言われる訓練や治療を求めて日本中を飛び回り、
なんでも試しました。しかし、障害が治ることはなく、
それどころか息子の体調は日増しに悪くなっていったのです。
過度のストレスによる悪性症候群。
ものを言うことができない息子の、必死の抵抗だったのかもしれません。
ようやく目が覚めました。重い障害を持ちながら、
懸命に生きようとしていた息子の生命の芽を、
愚かな母は、摘み取ろうとしていたのです。
障害や病気を持ちながら、それでも生まれてくる生命は、
人一倍たくましい生命なのだと 気づきました。そんな尊い生命が、この世に在(あ)るということが、何よりも大切なことなのです。
私の祖母は明治の終わりに生まれ、
大正、昭和を経て百年の時を生き抜き、昨年他界しました。早くに夫を亡くし、
小さな染物工場を女手一つで切り盛りしてきた祖母は、
嫁いだ母が苦労するほど、仕事にもお金にも厳しかったそうです。
ところが、その祖母が数年前に心臓の疾患で倒れ、一命はとりとめましたが、
重い認知症を患うこととなりました。厳しく口うるさかった祖母は、一変しました。
毎日ニコニコと穏やかに笑ってばかりいるようになったのです。
ほとんど話すこともできなくなりましたが、なぜか「ありがとう」だけは
口にします。朝起きると「ありがとう、ありがとう」、
粗相(そそう)をして怒られた時でさえ、
手を合わせて「ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を吐くのです。

そんな祖母の介護を厭(いと)う人はいませんでした。
家でも病院でも、祖母は誰からも
好かれ可愛がられます。「いいボケ方をしたねえ」と、うらやむ人もいました。
ただ、私には、祖母が本当は何もかも分かっているのではないかと
思えることがありました。
以前の祖母より、たくましく生きているような気がしたからです。ニコニコと笑いながら、
したたかに生きている。そんな強さを感じたのです。
欲を捨て、怒りやねたみや驕(おご)りなど、心にまとわりついた垢(あか)のような
鎧(よろい)を剥(は)ぎ取ることで、生命のたくましさは
輝きだすのではないでしょうか。
息子は8年と7ヶ月、自分の命を守りつづけました。
「もうだめだ」と何度も言われながら、
最後の最後まで自分の命を自分の力で守り抜こうとしたのです。その姿に、
私たちはどれほど多くの力や勇気を与えられたことでしょう。
この世に生を受ける喜びと、その生命を、ただただ、精一杯生きることの素晴らしさを、
息子は教えてくれました。
祖母や息子の残してくれた、たくましい生命のカケラを心に留め、自分自身の人生を、
謙虚に、たくましく生きたいと思っています。

女優 石井めぐみ 第5回心を育てる会 平成20年6月2 日より

合掌
仏光
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posted by 仏光さん at 01:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 人生を楽に過ごす方法
この記事へのコメント
 
 きのう 主人に して欲しいことを

 帰宅早々 連打した・・・・・

 ほとんど 無視する彼に どんどん

 自分の要求を言うばかりのわたし

 そして 一緒にのりこえたいと伝えても

 かたくなな彼の態度・・・・・

 外面ばかり いい自分がよく見えた

 見えても 断ち切れない頑固なこころ

  
 わたし以上に 疲れている主人を

 ねぎらうどころか もっと 辛くさせる

 わたしって ・・・・

 とても 感動するお話を読んだあとだけに

 自分の愚かさがわかってくる

 もう 何もかもどうでもいいと思う心と

 こんな わたしに 毎回あたたかいお言葉を

 くださる仏光さんの気持ちを台無しにしたく

 ない とにかくやれることをやる!と

 もう ぐちゃぐちゃでした

 でも こうして 自分の心を書き出したら

 なんてことない きょうは 主人にやさしく

 してあげたい それだけでいいのではと

 思えました・・・悪循環で愚痴ぐち言って

 しまいますが 出来るだけ変わります

 主人の笑った顔が大好きだから・・・

 きょうも このブログで救われました

 ありがとうございます!


 


 

  

 
 

 

 
Posted by さらさら at 2009年02月15日 11:45
なるほど。まあ、貴方が変わると相手も変わります。ただ、相手が自分の思ったとおりに反応してくれるとは限りません。「私は変わったのに!」とか「こんなに優しくしてあげているのに!」などと思う気持ちも出てきます。そして、前と同じように相手に言ってしまうことにもなりますよね。

まず、自分が本当に変わっても相手が変わっていくのには時間がかかります。そして、ずっと変わらない様に見えることもありますが、1年、2年と経つうちに変わっていきます。ただ、貴方が期待するように変わるかどうかは分かりませんよ。他人ですから自分が思うようにはなりません。

いずれにせよ、相手の問題ではなく、人格を向上させるのは自分の問題だから、相手の反応は気にせずにどんどん自分を変えていくことです。でも、「私はいいのだ」と独善になることには気をつけて下さいね。それが自我ですから。
大丈夫ですよ!

合掌
仏光
Posted by 仏光 at 2009年02月15日 13:44
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