2009年01月21日

一日為さざれば、一日食らわず!

昔、中国に百丈和尚という、実在の禅の高僧が居ました。百丈和尚はもちろん「師」であり、かなりの高齢でしたが毎日寺の境内の掃除を日課としていました。禅ではこのような作業を作務といいます。

弟子たちは暑い日も雪の降る日も境内の掃除をする和尚をとても気遣っていました。弟子たちは話し合って老師に掃除をするのを止めて貰う事にしました。
「和尚はもうご高齢なのでお体が心配です。寺の掃除は私たちがしますから、どうぞ休んでいてください。」とお願いしました。
しかし、和尚は一向に掃除を止めようとはしません。そこで、弟子たちは掃除ができないように和尚の掃除道具を隠してしまいました。

道具が無くなった和尚は、仕方なく掃除をするのを止めて部屋に居ました。ところがその日から和尚は食事を取らなくなりました。「どうぞご飯を食べてください。」と泣きながら頼む弟子たちに向かって百丈和尚は

「一日為さざれば、一日食らわず!」

一日働かなかったら、一日食うな!と弟子たちを一喝しました。

私たちは何とか楽をして暮らそうと思いがちです。「できれば働かずに贅沢な暮らしができたら良いなあ」と願っている人も居るでしょう。中には「自分は頭脳ワークだ。辛い、汚い、身体を使う仕事は他の人間がやればいい。俺はそのために出世しているのだ。」と本気で思っている人も結構居られます。

しかし、そういう生き方はやはり間違っているのだと思います。こういう人間が多くの人から好かれるでしょうか?尊敬されるでしょうか?貴方はこういう人間についていきたいと思いますか?
私は思いません。

私たちは、自分の能力、身体を使ってこの世のために何かを為すために生きているのだと思います。食べるために働いているのではなく、「働くために食べているのだ」と思います。

私は百丈和尚のように、死ぬ一日前まで何かを為すためにこの世で働いていたいと願っています。

自分がどの様な立場に居ようとも、一生懸命みんなと汗を流して働いている人が好きです。私はそういう人と一緒に働きたいと思います。

さて、私たちは今日、一日を振り返って、自分に恥じることなく夕飯の箸を取ることができるでしょうか?

合掌
仏光


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posted by 仏光さん at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 真剣に一日生きる
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