2009年01月19日

人の幸せを喜ぶ

私は人が幸せそうにしているのを見るのが大好きです。こっちまで幸せな気分になるのですが、人が幸せそうにしていると妬んだり嫉妬したりする気分になる人が結構居られます。だから日本では「出る杭は打たれる」という言葉もあります。

勿論なかには「こんな大きな家に住んでいるんだぞ」とか「こんな立派な肩書きが有るんだぞ」とさりげなく見せ付ける人も居ますが、それでも私は「それは良かったですね。よく頑張りましたね」と喜んであげることにしています。なぜなら、その人が大きな家に住んでいたり、立派な肩書きが有ることと、私の人生には全く何の関係もないからです。見て欲しいから誇示されるのですから「ハイハイなるほどそうですね」と心から見てあげたらいいのです。

ところが世の中には、自分の利害とは何の関係も無いのに「人が得をするのを見ているのは嫌だ」と思う人が案外多いです。「人が得をしているのなら自分も得をしたい。」「自分が損をしたら人にも損して欲しい。」と思うのですね。

これは一生自分が幸せになれないから、今すぐやめられたほうが良いです。地球上には60億人以上の人が居ますから、人と比べていても全くきりが無いのです。

今の世の中は、生まれたときから親から、学校から、社会から人と競い合うことを学びます。人と競い合い、打ち勝ち、弱ければ努力をし、それを「向上心だ」とか「自己啓発だ」と呼びながら人から抜きん出る事を幼い時から強要されるのです。受験戦争を勝ち抜き、多数の応募から就職に競り勝って、職場では同期と競い合い何としても「勝ち組」と呼ばれているグループに所属したいと思うのです。これは赤ん坊の時から教育されるわけですから潜在意識に深く刷り込まれるので本人は無意識の中で、勝てないと悩んだり、ひねくれたり、落ち込んだりするのです。勝たなければならないプレッシャーからうつになる人も居ます。そして勝った人はその「勝ち」を皆から賞賛されたいと思ってさりげなく見せ付けたり、立派な家に招待したりします。世の中の多くの人がこのようなことに一生を費やすのです。

仏教では「与楽抜苦」という教えがあります。「人に楽を与えて、人の苦しみを取ってあげなさい」と教えているのです。自分の利得など一言も言ってはいません。「そんな悠長なことをしていたら人に負けてしまう!」と言った人も居ましたが、私は自分を誰とも比べないのでもともと勝ち負けというものが存在しません。こんな気楽なこともありません。

自分ができる範囲で人の「苦」を取って上げて、人が喜んでくれることをするのです。こういう生き方をしていると、本当に毎日幸せな気持ちで過ごすことができます。そして結果として人から与えてもらうことも多くなります。だから食いっぱぐれることもありません。リターンを期待するのではなく、真心で一生懸命自分が今しなければならないことをしていると、そういうことが不思議に起こります。

ヒマラヤのブータンという国は仏教国で他の文化を極力入れないようにしています。日本より物質的には全く恵まれてはいないのですが、ある国連機関が「幸せ度」の調査をしたところ国民の95%が「自分は幸せである」と感じているとの事です。物質的に何十倍、何百倍も恵まれている日本で同じような調査をしたらどんな結果になるでしょう?

幸せな国を作るのには、子供の時から「向上心をもって努力し、人に打ち勝ち、人生の勝者となるのだ!」と家や学校で教えるよりは「自分のできる範囲で精一杯人に楽を与えて、人の苦しみを取ってあげなさい」と教える方が断然近道のようです。

仏光


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posted by 仏光さん at 22:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 人生を楽に過ごす方法
この記事へのコメント
こんばんわ・・・
きょう 職場で仏光さんから 教えてもらった心
でお仕事をしていたら ふと
自分自身の心もリラックスして 心地良いことに気付くきました・・・
それに何より 自分が出来ることで人が楽しくなったり 役に立てるって かけがえのない時間過ごせて ほんと 感謝です!
何年かぶりに 明日が わくわくする気持ちでいます!
ありがとうございます!
Posted by さらさら at 2009年01月20日 20:14
それは良かったですね。焦らなくても良いですよ。毎日少しずつ精進して行って下さい。

合掌

仏光
Posted by 仏光 at 2009年01月20日 21:58
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