2009年04月01日

怒らないと物事はうまく行く

私達はよく心に怒りの感情が芽生えます。何か気に入らないと怒りの感情が出る人が多いです。最近では怒ることを「切れる」といいますが、「切れる若者が増えている」なんて記事を新聞などでよく見ます。

人間の怒りの感情は、自分が「こうでなければいけない」と思っている事に対して、思った通りにならないことが事が起こったり、相手が自分の思っている通りに動いてくれない時に出てきます。

よく怒る人は、「こうでなければいけない」とか「こうあって欲しい」という思いが強いのですね。これ自体は悪い事では無いのですが、それを周りに期待したり強要する気持ちが無意識にでもあると、怒りの感情が芽生えてきます。

しかし、よく考えてみると怒って良い事は一つもありません。まず感情が高ぶっているので良い判断ができないですよね。自分の気分は悪く、周りの気分も悪くなります。怒る事によって周りはしぶしぶ貴方の言うことを聞くかもしれません。でも、貴方に対する嫌な思いはその人の脳裏に刻まれます。

中には一旦怒り出すとなかなか自分で止められない人もいます。また、すぐにカッとなる人もいます。要するにこのような人は「自我」が強すぎるのです。自分中心の考え、感情が強すぎるのですね。親に怒られて育った人は、大きくなってから人に怒るようになります。

怒りの感情が出てきたら、一番良いのはまずその場を離れることです。そして時間を置くと落ち着きます。しかし「そんなことは判っている。それができないから困っているのだ!」という人もいます。

そのような人は、小さなメモに「さあ、私はこれから怒るぞ〜!」と書いて、怒りの感情が出てきたらそのメモを取り出して読んでください。「怒らないぞ〜」ではなく「怒るぞ〜!」です。面白いほど怒りの感情が無くなっていきますよ。

世の中怒っていてもろくな事はありません。怒っている時間は限られた人生にとって大変もったいない時間です。怒らないと物事は大変うまく行きます。最低限、怒っているよりかはうまくいきます。

せっかく一回こっきりの人生、できるだけ怒らず、ありがとう、ありがとうと感謝しながら穏やかにいきましょうや。

合掌
仏光
ランキング参加中。クリックをお願いします↓
仏光さんのバナー

コメントを送りたい方は下のCommentをクリックしてください。↓


posted by 仏光さん at 23:58| Comment(0) | ありがとう、ありがとう

やはり人生は修行かな

日々生活していると、嫌なこと、苦しいこと、悲しいことがやはり起こります。私は以前、本当の幸せとは何だろうと考えに考えたことがあります。それで禅の道に入ったわけですが、その頃の自分は本当に苦しんでいました。

そして修行をしていく中で、本当の幸せとは「絶対的な安心」なんだと気づきました。では、絶対的な安心とは何でしょう。お金とか地位とかあれば絶対的な安心でしょうか?今なら公務員の人達のように仕事を失う心配がないのが絶対的な安心でしょうか?自分や家族が健康であれば絶対的な安心でしょうか?

今、自分に、お金、地位、仕事の保証、健康などが無い人は、それが手に入ると安心と思うでしょう。でも、そうでは無いのです。それは、お金持ちが絶対的な安心をしているかというと、それとはかけ離れた人生を送っている人が多いです。お金持ちはお金を失う不安の中に生きています。日本全国の公務員の人が絶対的な安心を持って生きていますなんて事もないですよね。それぞれ悩みを持って生きています。

もし、幸せが「絶対的な安心」であるならば、それは何処にあるのでしょう?ここが、私が一番判らなかった所です。私は以前、お金も地位もありましたが、全然安心ではなかったです。だから、そこには無いことはよく判っている。絶対的な安心が何処に有るのか判らないとこの人生で本当に「幸せ」にはなれないぞ。幸せな気分の時もあれば不幸せな気分の時もあって、一生心を右往左往して生きていかねばならない。「こりゃたまらんな〜。」と思ったわけです。

禅の修行をしていく中で、一つ分かった事は「幸せ」とか「安心」とかは自分の心の「状態」の中にあって、財産、地位、仕事など自分の置かれている「状況」の中には無いのです。

今の私に判っている事は、失業や病気など、どんな苦難が襲ってきても、それにひるまず、ぶち当たっていく時の心の状態。一日がまあ無事に過ごせればそれに感謝し、周りに感謝する時の心の状態。困っている人がいたらできる範囲で助ける時の心の状態。「幸せ」「安心」とはこのような積極的な心の状態の中に存在するということです。一言で言えば「平常心」です。一日24時間一瞬も怠ることなくこの心の状態が保てたらそれが「絶対的な安心」ですね。それができるのが禅の「老師」ですよ。目の前にいますから、見ていて「すごいな〜。」とつくづく思います。

いくら禅の修行をしていても、辛いことがあれば逃げたくなるし、理不尽なことがあれば腹も立つ。以前より相当ましになっているかもしれないけど、まだまだ修行は続きます。だって、私も生きている間に一度でもいいから「絶対的な安心」を経験してみたいと思いますから。長い道に見えるけど、人類の歴史の中で禅の修行がどうもそれを獲るための一番の近道のようです。

合掌
仏光
ランキング参加中。毎回クリックをお願いします↓
仏光さんのバナー

コメントを送りたい方は下のCommentをクリックしてください。↓

posted by 仏光さん at 07:32| Comment(0) | 人生を楽に過ごす方法